日常と旅とマンホール

日常が跳ねた。950メートルほど北に。私はもう東京におりません。北海道に暮らしています。戸惑うよりも先に、家が決まり、水道が通り、電気が点き、ガスが開き、布団が届き、家電が運び込まれ、もう既にどうしたってこれは日常なのだ。

だからこそ旅は散らばる。本当は旭川に着いたとき、がっかりしたのだ。どこまでも延びる碁盤の目は、迷いようのないほど広くて均一だった。路地がない。グラフィティーもなければダンボールハウスも見当たらない。駅前には大型店舗が立ち並び、商店街は消え去った後であった。歩いていると何度も迷彩服を着た人とすれ違う。旭川にはいくつもの自衛隊の練習場がある。後で知人から「旭川の道路は滑走路としても使用できるよう設計されている」と聞いた。街中にそびえる大きな神社も異様に感じる。そこにはアジールと呼べるような包容力がないように思えた。この中からふと横道に逸れる穴を見つけるのは東京も旭川も同じ。

旅はコンクリートの下にある。妙だが、そんな気がしている。旭川にはマンホールが多い。四角い蓋のマンホールは、除雪用のものだそうだ。放り込まれた雪は石狩川に流れていく。この街が隠しているもの。見てみぬふりをしているもの。そういうものが、もしかするとあるのかもしれない。
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