カテゴリ:▼私がホームレスに惹かれる理由( 3 )


山中学の写真
山中学の写真

http://www.ask.ne.jp/~yamanaka/arakan-j.html
この人たちにずっと憧れて来た
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北千住駅前。
もはや誰一人入ることの出来ない公園に、
「酒盛り」という言葉だけが風景となって流れ出す。
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 「ホームレス」とは誰か。「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」(※1)はホームレスを「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者」と定めている。この法律は“home”という概念をあくまでも“建築的な家”として解釈している。
 しかし同じく“建築的な家”という意味を持つ“house”に比べ、“home”には“家庭”という意味合いが強調される。そう考えると「ホームレス」とは家庭を失った人々、つまり三度のご飯、お風呂、選挙、結婚といったあらゆるライフサイクルから切り離された存在と考えることはできないか。実際にアメリカやイギリスのように家の有無に関係なく、一定以上の生活水準に満たない者を「ホームレス」として定めている国もある。「ホームレス」という言葉は、個人や国家の貧困の捉え方によって解釈は異なる。
 
 私が「ホームレス」に惹かれる理由。それはとても無責任な思い込みから始まっている。私はいつもどこかで「ホームレス」の人々を幼少時代に読んだ物語の登場人物たちに重ねていた。そんな物語の一つに柏葉幸子の『天井うらのふしぎな友だち』(※2)がある。
 この物語の舞台は自分たちの家の天井裏である。そこに住んでいる人々がまたいちいち魅力的で、たとえば「ものをいうアホウドリ」、「クラゲのおばけ」、「鼻毛ばかり抜いているおじさん」、「風船玉みたいなおばあさん」などなど愛すべき人物ばかりである。しかも何故かアホウドリは江戸弁を話し、鼻毛のおじさんは東北なまりなのである。それから「乗り物のツボ対策保管委員会」という肩書き・・・今もって謎である。
 そうした物語の世界が幼少期特有の想像力と相俟って、私の中に日常と隣り合わせに存在する非日常的な世界(空間)への憧れと、そこに住む人々への強い関心を植え付けた。そんな想像力多感な少女にとって、最も身近な場所に存在する非日常的な空間こそ路上に並ぶダンボールハウスであった。誤解を恐れずにいえば、私にとってそこに生きる人々は天井裏の「ものをいうアホウドリ」や「クラゲのおばけ」と同じくらい魅力的な存在であった。彼/彼女らから見えるその世界をどうしても垣間みたくなってしまった。それがこのカテゴリー、「私がホームレスに惹かれる理由」の始まりである。
 
 実際に「ホームレス」の人々と関わるようになって、幼少時代に抱いていた「ホームレス」像がどれだけ幼く、ロマンチックなものであったかを痛いほど知らされた。しかしその度に「ホームレス」の人々から見えるその世界を垣間みたいという好奇心は、より強くなるのを感じている。このカテゴリーでは、そうした「ホームレス」の人々との関わりをルポルタージュの形式で記録していきたい。

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※ 1・・・「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」
公布:平成14年8月7日法律第105号 
※2・・・『天井うらのふしぎな友だち』柏葉幸子(講談社、1995年)
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