カテゴリ:▼夕焼けお散歩倶楽部( 15 )

気がづけば12月。
北海道と東京は、町並みも気候も匂いも違うのでまるで違う時間軸を生きているかのよう。
東京に帰れば、北海道の生活など無かったかのように電車に揺られる。
人込みの中をひょいひょいと。身体が自動的に切り替わる。
旭川に帰ればやはり何事もなかったかのように雪に覆われた街を歩く。
でもどちらにせよ、いつもほんの少し切ない気分になって
ちょっとブログでも更新するか、となる。
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+!
雨!
大海原。

天気の話であります。家を出ると生暖かい風が吹き荒れまるで春のようでした。
ラジオから、最高気温が5℃になり季節外れの雨が降るでしょう、と。
すでに路面の雪は溶け出し、どこもかしこも波打っていました。

今日は仕事の関係で隣町、東川へ。
大雪山連峰のふもとにあるこの街はなんと水道代が無料。
すべてを地下水で補っている。
「写真の町」とのことで、町内には東川町文化ギャラリーがあり、
毎年開催される東川賞も今年で25回目。
昨年度は、石川直樹氏や露口啓二氏らが受賞していました。
もーれつに行きたかった東川賞展でしたが
当時はまだ免許が無く、断念せざるを得ませんでした。
(隣町と言ってもそのぐらい離れている)

今日、始めてその東川文化ギャラリーの付近を通りかかると、
次回の写真展の広告が置いてありました。

森山大道の『北海道』展。
去年の6月に札幌で巡回が始まり、夕張・美唄を通過してようやく旭川にたどり着くようです。

東川町国際フェスティバル
東川文化ギャラリー:森山大道『北海道』展
宮の森美術館:森山大道「北海道」展

追伸:
今日は東川にあるとある施設に行ったのですが、急いでいたためガラス張りの窓に気づかず全身で衝突しめがねをへし折るというまぬけなことをしてしまいました。
お辞儀をする度にめがねがぶらんと垂れ下がり、相手の方はさぞかし気になったことでしょう。
ポスフールで新調して帰りました。
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イルコモンズのふた。
「全員に警告する、おとなしくするな、騒がないものは、みんな、この場で逮捕する!」

「この世に違法な音などひとつもない、すべての音は等しくウルサイ」。ただ、それを楽しめない連中がいるだけだ。したがって我々は警告する。静かな通りではとびっきり派手に警笛を吹き鳴らすこと。誰にむかって?それは、おとなしく、お上品で、お行儀のよいジェントルな街にむかってだ!警笛を鳴らせ!ドラムを打ち鳴らせ、そのiPodとかいうシャカシャカいう耳栓をはずし、いま・ここにある音を聞こう。ハイホー!騒げ、踊れ、たのしめ、バカになれ!こどもたちはみんな目をまるくしろ。そして、ママとパパたちにいいつけろ。「私もあれがしたい!僕もあれがしたい!と」!・・・というのが、ラディカル・マーチングバンドの年に一度の路上の祭典「ザ・ホンク・フェスティヴァル」(*「ホンク」は「警笛」の意味)。

ジェンベの音が引き金となり かいものこうえんに 規制がしかれるかもしれない。
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「いまの世の中でもっとも大事なのは、やはり、ムダな場所だったり、ヒマな時間だったり、何の役にも立たない熱意だったり、どうにもこうにもロクでもないことばかりやる奴だったりっていう、文化が生まれる可能性っていうか、言わば世の中の隙だ。」

と書き示すは、素人の乱・松本哉氏()。

ASKは一人あたりのリサイクルショップの数が日本一多いそうだ(ほんとうに多いと思う)。その中に「時代屋」なるリサイクルショップがある。開店しているのか閉店しているのか、入り口がどこにあるのかすらよくわからないほどにモノで溢れかえっているスモーキーマウンテンのような店である。「時代屋」という看板が無ければ、店とはわかるまい。勇気を出して店内に入ってもなお、鉄のアイロン、錆びた信号機、茶碗、看板の「隙間」を掻き分けて店内を歩くというスリリングな体験を迫られる。この「時代屋」が旭川には何軒かあって、これら「時代屋」の前を通るたびに、私はまさにヒマな心を取り戻すのだ。
先日私はまた新たな時代屋に遭遇した。駅前にあるこの時代屋は、入り口に逆さになった巨大招き猫がつるされている。よく見ると腹のところに、「世の中~だけじゃつまらない」とメッセージのようなものが書かれている。肝心なところがはげていて読めなかったのだけど、「時代屋」ははやり確信犯のようだ。
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携帯電話を買い換えたのが今年の3月なのでそれ以降の写真ということになる。
住んでいたころのほうが、懐かしい目で「中野」を見ていたように思う。
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荒涼とした景色とはこういうものを言うのか 海沿いがずっと灰色 
手に持った地図は見えない水分でぐったりとしていく 霧
かと思えば、乱れるように咲く花 
市役所の地下には もうずっと昔に社員食堂であることを放棄したような喫茶店と食堂
赤いビロードのソファにチョッキを来たマスターと常連たちが
スーツの男たちとはおよそ無縁の時間をつむいでいる
電信柱にはタギング 誰か、いる
真夜中になればシャッター通りも関係なく懐かしい景色になることを発見
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 行進のように更新中。どうしちゃったのでしょう。

 もうだいぶん前の話になりますが、アイヌ祭りに行ってきました。旭川にはただ1つ、アイヌ資料館があります。川村カネトアイヌ記念館といって、近文というところ(正しくは北門町)にあります。アイヌ語では「ちかっぷに」と発音するこの地域は、開拓が始まったのちアイヌ人給与地とされていた場所です。しかし給与地とされたあと、明治政府に土地の返上を求められたり、何代にも渡り闘争が続いてきた場所でもあります。(今後詳しく取り上げる予定だが、『旭川・アイヌ民族の近代史』<金倉義彗著/高文研/2006>に詳しい。)川村カネトは近文アイヌの村長の名前です。

 川村カネトのことは、知り合いの95歳のおばあちゃんがよく話してくれた。「旭川のアイヌは変わっててね、村長が2人居たのよ。川村カネトと川上コヌサ。その2人が戦って川村が戦ったわけ。結局は川村が勝ったけど、どっちが本当の村長かは今もわからん。どっちもすばらしい人だったよ。川村はうちの近くに住んでてね、家にいくと、熊の毛皮の上に座っとった。ああ、村長だなあと思ったね。」

 一年に一回開かれるというアイヌ祭り、どんなお祭りだろうと思ったら、家族パーティーの延長のような、アットホームなお祭りだった。みんなお知り合いのようで少々肩身が狭かったけれど、居心地はいい。AINU DUB BANDと活動しているという女の子4人組のMarewrewのライブがあったり、ヨガ教室があったり、すごく今っぽい!だけど、私のようにふらりと来ている新参者は見当たらず、「北海道ーアイヌー若者」が頭の中でうまく繋がらなくなってしまった。

 アイヌの存在は東京に住んでいる私にとってもごく自然なことだった。駅前では年に一度チャランケ祭りというアイヌー沖縄の踊りを踊るお祭りがあったし、駅から少し離れた新井薬師にはアイヌ料理屋さんがあった。神秘的なわけでもなく、悲壮感を感じさせるわけでもなく、ただ一つの文化として身近にあった。チャランケには毎年行っているわけではないが、今年はたまたま遭遇した。国家試験の直前だったか、何か思い詰めているときだった。
 風景がよみがえる。酔っぱらいのおじいさんが女の子を追い掛けるという設定の踊りをしていて、大笑いしたのだった。一番前で見ていた金髪のお兄さんが、裸足で踊っているのを心配そうに見ていて、踊りの合間に石をよけていて感動した。小さな子供が何度も混ざってしまって、でもうまく踊りと妙に合っていた。みんながあたたかく笑っていた。最後に、みんなで輪になって踊って、なんだか胸がいっぱいになり涙をこらえながら帰ってきたのを覚えている。その様子をすぐに身近な人に話したがあまり反応がなくてがっかりしたこともついでに思い出した。

 今回もそうして輪になって踊って来た。少し恥ずかしがりながら。旭川で、北海道でアイヌが思った以上に身近ではないの(ほんとうに驚くほど街とアイヌ文化との距離は遠い)は、もちろん複雑な歴史があるからなんだろう。けれどそれ以上に同じ世代の人はただ知らないだけな気がする。
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明日は宮下公園で手作りサウンドデモがあるそうです。ホー娘。のみんなは参加するのかしら?
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「手づくりサウンドデモをやろう! Just Keep it MIYASHITA!」
[日時] 2008年10月13日(休)15:00集会/16:00デモ出発/17:00デモ到着
[場所] 宮下公園(中央階段上)にて集会 *雨天決行
[コース] 東京都渋谷区 宮下公園→神宮前→五輪橋→岸記念体育館前→
渋谷区役所前→ハチ公前→宮益坂下→宮下公園
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偶然にも「読売新聞」上で、KOMPOSITIONを追い抜いて金賞をいただいたホー娘。ですが、(リンクホー娘。が映ってしまってるのが可笑しくて仕方ない)事態は進行中。
今度はナイキパークになろうとしているというのだからさあ大変。
人気だなあ 宮下公園....。
しかしなんというか、ぜったいナイキ公園にはなれないような磁場があると思うのは私だけだろうか。
ナイキ公園などになってしまったら、ぜったいおそろしい事が起こる!
それを阻止するためにも、なんとしてでもナイキ計画をやめさせねば!!!!


みんなの宮下公園をナイキから守る会

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 さて、FLATRIPはパブリックスペースを軸としています。それは誰もが出入り自由な空間ということだけではなくて、異質な人たちが集まって何かすることなども意味します。私が公共空間について考えたきっかけは、図書館でした。なぜ図書館にはいろんな人がいるのか。なぜ共存出来るのか。その結果、行政の管理している「公共空間」(図書館や文化センターなど)は、なんか管理が適当で、隙間だらけで、その結果、変な人がいても排除されない空間となっているらしいことがわかった。つまり、普段は矛盾してしまうことの多い「ー開かれたーという意味合いの強い公共」と「ー国家のーという意味の公共」が偶然にも一致していたのです。それから私は都市の中にある、風穴的な「公共空間」というものを探すようになったのだったが....

 辞令が発令されて北海道にきてしまった。ので、すっかり調子が狂っている。確かに、旭川は都市だ。北海道では札幌の次におおきな都市で、東北でも仙台を挟んで3番目に大きな都市なのだそうだ。ただし、完全なる郊外都市なのです。商店街などというものはほとんど存在しない。駅からずいぶん離れたところにぽつぽつ巨大商業施設があり、みなそこで買い物している。なので休日でも駅前にはそれほど人は居ない。行ったことがないのでわからないけれど、日曜日のイオンは人で溢れ、とんでもないことになっているらしい。移動手段はもちろん車。

 まあ、中野で育った私としては、その街を好きになれるかどうかはあまり重要ではないと思っている。中野だって、中野で育っていなければそんなに好きでもなかったはず。何処だって必ず、面白い場所はあるし、驚きの景色は訪れる。要は歩き方、なのだろう。

 さて今日は勇気を出してお洒落な喫茶店に入ってみた。薄暗い店内で、こんなチラシをもらった。やったね、動けば収穫はある。

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ASAHIKAWA Polyphony on the Earth,2008
“Forest Ambience Sense”

旭川ポリフォニー,2008 「森 空気 感性」

◎企画・構成:矢萩 喜從郎([旭川ポリフォニー,2008]総合ディレクター)

◎パネリスト(50音順)
・Dr.ガード・ロスカント(ドイツ・ライン渓谷森林管理局長)
・柴田 元幸(東京大学大学院教授、アメリカ文学者、翻訳家、小説家)
・鈴木 恂(建築家、早稲田大学名誉教授)  
・塚原 史(早稲田大学教授、現代思想・ダダ研究家)
・野家 啓一(東北大学教授、理事、哲学者)
・マルコ・ミュラー(ベネツィア国際映画祭ディレクター)
・水沢 勉(横浜トリエンナーレ2008総合ディレクター、神奈川県立近代美術館キュレーター)
・ロジャー・パルバース(東京工業大学世界文明センター長、教授、作家、劇作家、演出家)
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 「発語する身体」や「森とダダとポストモダン」「翻訳者はどこまで人間か」など何やら楽しそうかつ怪しげなパネルが多く、まあほんとうに怪しいまま終わってしまう可能性もあるが出かけてみようと思う。「森 空気 感性」と言われてもなかなかピンとこないのだけど旭川をー身体を通して考えるーツボが落ちてるかも知らん。


■旭川ポリフォニー
http://www.asahikawa-polyphony.com/contents.html

p.s.
塚本史さんって誰だろうと思ったら、『人間はなぜ非人間的になれるのか』(岩波書店/2000年)の著者でした。大学入学時の課題図書の1つかもしくはプロゼミで扱われた本です。一生懸命線を引きながら読んだのが懐かしい。たいして成長してないけどね。笑
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