カテゴリ:▼私のノマド式読書録( 2 )

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「フリーターズフリーって知ってる?」「知らん!!」「フリーターの人たちが作ったフリーターのための雑誌らしいよ。」「わお!すごいね、読みたいな」「んじゃ今から買いに行こうよ!タコシェになら売ってるはずだよ」
そう、あれはいつかのモスバーガー。何かを知った瞬間を覚えているのはとても珍しいこと。でもたしかこの日はもう閉店していて買えなかったんだっけ。
それから色んな偶然が重なって、フリーターズフリーは少しずつ身近な存在となっていった。とくに栗田隆子さんには、その文章と身振りを通してだいじなことを教わった。「人を助けるのは意外に簡単。でも自分を助けるのはとても億劫」そんな話を、取れかけたボタンやアイロン台にたまった洋服を例にだして話してくださった日のこと。
今号もきっとぎっしりと文章の詰まった重厚間のある一冊になっているはず。でもどこかのんびり感が漂っているのが、私にとっての『フリーターズフリー』の認識。最後の一歩で宙に見とれてにやっとしてしまうような余裕とユーモア。今すごく読みたい。

※フリーターズフリーwebsite

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時を同じくして『オルタ』も発売。こちらはリニューアル第二号!
定期購読をしようと思いつつ未だにしていないので今度こそしよう。
「スラム再生」と銘打った2005年5月号は永久保存版!

※オルタwebsite
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「失われていく暮らしのあり方を理想化することによって、ひょっとすると、私たちは自分でも気付かぬうちに、未来に下駄を預けているのかもしれない。私たちはこれだけのものを失った。さぁ、未来は何を返してくれるのか」ファジリ・イスカンデル

見知らぬ土地の話だが、溢れんばかりのノスタルジーによって書かれているのがわかる。黒海の東岸、カフカーズ山脈の南に位置するアブハジアでの過ぎし日をイスカンデルは懐かしんでいる。

綴られているのは、他愛もない日々だ。もしかすると「ステレオタイプ」なのかもしれない。サンドロおじさんという豪放磊落な主人公によって、物語はハプニングに満ちあふれているが、時間の流れは緩やかで退屈さえも持て余している。

ノスタルジーの行く先がステレオタイプなイメージに直結すると、たいてい物語は色あせる。そういうものは「昔は叱ってくれる大人が居た」とか「今の時代と違って、凶悪な事件は無かった」という決まり文句を私たちに言わせたがるものだ。

『チェゲムのサンドロおじさん』がそうした物語とは違うのは、イスカンデルが懐かしんでいるアブハジアが決して一つのイメージで語れるようなものではないからだ。それはアブハジアの近年の流れだけを見てもわかる。

*年表
1991年4月9日 グルジア共和国がソ連から独立
1992年7月23日 アブハジア共和国がグルジアから独立を宣言
1992年8月〜1993年9月 グルジア軍が首都スフミなどを占領
1993年9月 アブハジア軍が首都スフミなどを奪還
1994年5月15日 クルジアとアブハジアが停戦に合意
1999年10月3日 アブハジア共和国が住民投票で憲法を制定し、改めて公式に独立を宣言

イスカンデルは言う。「私はロシアの作家です。しかし、アブハジアの歌い手でもある。矛盾はありません」「他民族的な町で、そこでの共通語はロシア語だった。で、私は様々な言語、様々な響きのシンフォニーを魂の祝祭のように受け止めたものです。」

サンドロおじさんの住む「チェゲム」は架空の村。イスカンデルは「チェゲム」に関する物語をすでに200作以上書き続けている。ノスタルジーの先にあるものは未来のイメージ。そこで今、戦争が起きようとしている。


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参考
『チェゲムのサンドロおじさん』ファジリ・イスカンデル 浦雅春・安岡治子訳(国書刊行会)
アブハジアについて→http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/2917/hikounin/abkhazia.html
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