<   2010年 01月 ( 7 )   > この月の画像一覧

吹雪けば砂漠のようになり、気温が上がれば海原になり、冷え込めば一夜にしてスケートリンクになる路面に日々適応力を試され、
ぐったりして家路につこうが、真夜中になろうが、雪が積もれば駐車場の雪かきをしないわけにはいかないときたもんだ!

さて、明日は
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「いのちの繋がり」テーマに写真展(あさひかわ新聞)

 命の繋がりや不思議さ、輝きなどをテーマに、風景写真と自宅出産の様子を写した「ひかりとかげのあいだ~全てはつながっている~加藤大輔写真展」が、ギャラリー喫茶ゆい・ゆい本舗(東神楽町ひじり野北一ノ三)で開かれています

 最終日の三十日午後一時半からは、命をテーマにやさしい音色で歌う“やーまんしんごさん”のアコースティックギターライブ「いのちのうた」が、また同二時からはワークショップ(参加料五百円・ワンドリンク付)が開かれる。大輔さんの妻、恵美さんの「自宅出産」の話と、オハナ助産院高槻友子さんを囲んで「お産と家族」について語り合います。

◆   ◆   ◆

 会場のゆい・ゆい本舗は、障がいを持つ人に就労の訓練や機会を提供する場。喫茶店では「ブレンドカレーG」(五百円)や作業所で作った米粉のケーキやクッキーを販売しています。営業時間午前十時から午後四時まで。日曜、祝日定休。

 問い合わせは、同店(TEL76―4237)まで。
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by flatrip | 2010-01-29 21:21
街の中心を路面電車が走っているというそれだけで楽しい。



ちなみに昨日から今日にかけて函館駅前に
「浪曲喫茶」が期間限定営業とのこと。
ぜひ、お目にかかりたかった。

「ただの骨じゃぁねえぞ!」
浪曲喫茶
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by flatrip | 2010-01-26 19:13
エレベーターに面白い張り紙がしてあった。

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(まさか、小便でしょうか。)

エレベーターの異臭に対する警告文なわけですが
迷惑だなと思いつつ、ちょっとわくわくしているように思えてならない。

してはいけないところでおしっこをするのって気持ちよいよねぇ。

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ICCでやっている
これ面白いのかなー。中心が移動する都市、体験してみたい。

そういえば最近「都市論」を見かけなくなった気がする。
都市という概念が自分の意識からもずいぶん遠のいているのは
旭川に居るからだけではない気がする。

ICC 可能世界空間論
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+!
雨!
大海原。

天気の話であります。家を出ると生暖かい風が吹き荒れまるで春のようでした。
ラジオから、最高気温が5℃になり季節外れの雨が降るでしょう、と。
すでに路面の雪は溶け出し、どこもかしこも波打っていました。

今日は仕事の関係で隣町、東川へ。
大雪山連峰のふもとにあるこの街はなんと水道代が無料。
すべてを地下水で補っている。
「写真の町」とのことで、町内には東川町文化ギャラリーがあり、
毎年開催される東川賞も今年で25回目。
昨年度は、石川直樹氏や露口啓二氏らが受賞していました。
もーれつに行きたかった東川賞展でしたが
当時はまだ免許が無く、断念せざるを得ませんでした。
(隣町と言ってもそのぐらい離れている)

今日、始めてその東川文化ギャラリーの付近を通りかかると、
次回の写真展の広告が置いてありました。

森山大道の『北海道』展。
去年の6月に札幌で巡回が始まり、夕張・美唄を通過してようやく旭川にたどり着くようです。

東川町国際フェスティバル
東川文化ギャラリー:森山大道『北海道』展
宮の森美術館:森山大道「北海道」展

追伸:
今日は東川にあるとある施設に行ったのですが、急いでいたためガラス張りの窓に気づかず全身で衝突しめがねをへし折るというまぬけなことをしてしまいました。
お辞儀をする度にめがねがぶらんと垂れ下がり、相手の方はさぞかし気になったことでしょう。
ポスフールで新調して帰りました。
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アフリカの友だちと札幌に出かけた今週末。
友人が新しく暮らす予定のアパートに泊めてもらったのだが
肝心の住所が私も当の友人もわからなく、
出かけたは良いけれどアパートに戻れなくなってしまった。
旭川に越してきたばかりのころは家に帰るのによく迷ったものだが
住所がわからないとなると致命的。
近所に駅とローソンがあったような気がしたが、
札幌の地図を見渡せばほとんどが該当してしまう。
何度も電話してゲットした住所は記憶に深く刻まれた。
もうそのアパートに帰ることは無いだろうが。

北海道立文学館で開催されていた『サハリンを読むー遥か『樺太』の記憶』展へ。
国境/辺境/故郷/うち続く痛み/現在という5つの視点が
サハリンにまつわる文学を引用しながら展開されていた。
戦争によって何度も引き直された神経質な線=国境。
しかしそもそもそこにはウイルタやニヴヒ、そしてアイヌといった先住民族の暮しがあった。
戦争に負け、引揚げ者としての運命が始まった日本人。
帰る術を無くした朝鮮の人たち。
そして今。

ちょうど最終日だったためか、来館者は多かった。
懐かしいと見入る方が多かったのは印象的。
サハリン。北海道にいるうちに必ずいきたいです。
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バンド名が「KIKANLA」から「KUERGUI」となりました◎ウォロフ語でホームという意味だそう。
明日は2回目のライブがあります。ドゥンドゥンという楽器が加わり、さらにみんなで唄も歌うことになり、どきどきであります。

昨日は前回のライブの打ち上げがアリ、ライブハウスの中で鍋パーティー。たくさん食べ歌い踊りいっぱい笑った夜でした。前回出演してくれたjahman shingoさんたちも駆けつけてくれて歌ってくれました。彼らの唄が私は大好きです。川歩きの唄や祈りの唄、アイヌモシリ、エゾオオカミの唄、、。そしてまた明日も御一緒できるようなので嬉しいなぁ。

★★
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2010年、明けましておめでとうございます。

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今ほとんど使っていないドメインのホットメールを整理していたら
メールの始まりは2005年だった。
この5年間で何か変化しただろうか。
flatrip的に振り返れば、公共空間の問いをホー娘。として実践に移す事ができた。
一人で考えていたことがみんなの問になり、実感として深めることができた。
新しい繋がりも出来、高円寺で夜な夜な大人数で議論したり酔いどれたりした。
無駄だったどは思わない。し、これからもきっと面白い事が出来ると思っている。
けれどその中で失ったもの、見えなくなっていたものも大きいなあと感じる。
スタイルや雰囲気に偏っていたのかもしれない。

旭川に来てから、忘れていたり見えなくなっていた出来事にはっとすることが多かった。
それはほんとうに些細な事で、でも譲れない部分だったんだなあと。
恥ずかしがりやであることやふとよぎるかなしみやさびしさ。
それを道ゆく人に見る瞬間、とか。


「大人になってもどぎまぎしたっていいんだなぎこちない挨拶 醜く赤くなる失語症 なめらかでないしぐさ子供の悪態にさえ傷ついてしまう頼りない生牡蠣のような感受性それらを鍛える必要は少しもなかったのだな」(茨木のり子「汲む」)


2010年は 弱虫ベイベ、でいこう!
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