世界中で脱原発のデモが開催されたこの日、
旭川でもデモがあることを知った。

小さなデモだったけれど、90名近い方々が思い思いに
脱原発への思いを表現している良いデモだった。

鳴り物を持って参加されてる方もいらして
最後はちょっとした音楽会のようになっていた。

印象に残ったのは、地下原発の話。
北海道の幌延に地下原発が作られようとしている。
地下原発は、10万年にわたって管理しなくちゃならない。
10万年といったら、それを管理するのが人類なのかどうかもわからない。
気が遠くなるよ。

帰ってから、ユーストリームで新宿の脱原発デモの映像を見る。
なんだこりゃーー
新宿の隣町で、高層ビル群を眺めながら育った私ですが
あんなに人で埋め尽くされた新宿を見たことがない。
およそ広場として認識をしたことのなかったアルタ前に広場が出現していた。
タハリール広場、プエルタ・デル・ソル広場、アルタ・マエ広場、、。

21時、再び路上へ。こちらは、いつもの太鼓。
またたくさんの人が踊ったり叩いたり募金したりしては過ぎ去っていく。
夜街にいると、本当にこれが私の暮らしている街だろうかと疑うぐらい
夜の路上は寛容である。
この日は、0時過ぎに、夏の風物詩的存在である永ちゃんまで乱入し
自前のラジカセとスタンドマイクでライブを始める始末。
こういう人が居るか、どうかってほんと重要で、
私はほんとうにこの夜、楽しかった。

  
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# by flatrip | 2011-06-12 11:29


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# by flatrip | 2011-06-07 21:43
どうにも、忙しい。もう少し時間があれば良いんだけど。
5月もあと数日で終わる。

今月は、稚内、それから函館へと車で出張した。
稚内まではおよそ300km、函館は450kmぐらいでどちらもずいぶん遠かった。

稚内では、思いがけずたくさんの風車に出会うことが出来た。
場所や並び方や台数によってその印象はまるで違っていて、
沿岸に並列しているものはかっちょよく頼もしくみえたが、
丘に乱立している風車はSF映画に出てきそうなちょっと奇妙な光景に映った。
一台きりで回転しているものもあった。
なんせ稚内では全体の20%の電力を風力でまかなっており、
街を上げて風力発電に挑戦しているらしくこんな街もあるのかと驚きでした。

そんな稚内で、こちらも思いがけず、ずっとお会いしたかった方にお会いできた。
私が福祉関係の本で唯一愛読している雑誌『ブリコラージュ』で
「給料は半減・でもやりたい介護ができる場所」として紹介されていた
そうせい舎の代表そうせいさん。目から鱗が落ちまくりの夜でした。

帰りはオホーツク沿岸をぐーーーと下ってかえってきた。
猿払、浜頓別、枝幸。荒涼とした景色の中に人の営みがあり、
道中崩れかけた一軒家で食べた炒麺とやらが忘れられないほど美味しかった。


函館はほぼ高速道路だったので、あまり印象に残る記憶は無く。
覚えているのはじょっぱりという飲み屋さんでたらふ食べた美味しいご飯の味ぐらいか。
ただ、函館は震災時、2メートルの津波が襲ったこともあり、東北との「近さ」を感じた。
朝市も人がほとんど歩いておらず、「がんばれ東北!がんばろう函館!」というスローガンが
すんなりと心に響いた。


震災といえば、ゴールデンウィーク中にはモスキートでLIGFT THE GROUND という
ライブがあった。The Sun、TG.atras、NOTHING NOTHING NOTHING
という3つのバンドが演奏し、この映像をDVDとしてリリースし、その売り上げを
支援金にあてるというもの。
私はこういった音楽シーン(ハードコア)をまったく知らずに生きてきたのだけど、
すごく貴重な夜だったようで、全道からお客さんが駆けつけていた。
実際、身体から感情をすべて絞り出すようなこういう音楽が今とてもしっくりくるのは確かだなあ。

さて、6月もきっと仕事と格闘。
ワーカーズコレクティブないしワーカーズコープという働き方で働きはじめて4年目。
みんなで出資して経営してくこの働き方ってやっぱり新しいし面白いと思う反面、
でもこの日々をただ続けているのでは本来の働くものたちの自主性や共同性から
どんどん遠ざかっているような気もしていて。
ちょっと自分の働き方を見直したいなーと思う今日この頃です。
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# by flatrip | 2011-05-29 20:22
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# by flatrip | 2011-05-26 22:40
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泊原発廃炉にしろって、署名。

といって頂いたフライヤー。
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# by flatrip | 2011-05-22 02:07

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(漁港。写真に写っているのは海上保安庁の船とのこと)
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(稚内は山を囲むように街が広がっている。)
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(神殿のような防波堤。)

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# by flatrip | 2011-05-10 23:12
卸したての自転車を走らせ例の土手へ。
石狩川と忠別川が合流し、一本の川となり流れてゆく。
そのわきに、木々が、密生している。
川から流れてきた水が、小さな池をいくつもつくっている。
知らない鳥が鳴いている。知らない毛虫のような木が生えている。
倒れて道を塞いだ木から新芽が出ている。

「山」や「川」なら知っていてもその周辺の語彙をまったく持っていない。
わかるのはここが「中州」だということぐらい。
景色が意識にぼんやりと語りかけるのをただただ感じる。
もう少し「言葉」を知ったら面白いだろうなあと思う。

でも、こうしてひとりでここに立ち、この景色を誰かと共有するわけでもないとなると、
それは別に日本語である必要はないんだなと感じる。
こういうふうに風が鳴るのはボヘで、ほとんど茶色い景色に緑が少し混じっているのは
ザラというとか、そんなんで良いのではないか。

そういえばここはかつてアイヌモシリと呼ばれ、忠別も石狩もアイヌ語。
私がたちあっているのはきっと長い間アイヌとともにあった景色。
もし、言語が景色を育てることがあるとすれば
日本語で理解しようとすることのほうが無理があるのかもしれない。

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この散歩を終えて入った喫茶店で偶然知人に会った。
彼もまた本州からやってきて今ひとり旭川に暮らしている。
そして彼もまたサイクリングの帰りだった。
今は暇があればアイヌの口伝について調べているのだそうだ。
なんとも嬉しい「ばったり」である。
彼に、杉村キナラブックという方を教えてもらう。覚えておこ。
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# by flatrip | 2011-05-04 03:48
家から歩いて1分もしないところに土手がある。ようやく雪がとけたので、きょうはじめて歩いてきたのだけど、私はこの土手がとても好きになった。
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# by flatrip | 2011-04-24 18:51
汲む―Y・Yに―   茨木のり子

大人になるというのは
すれっからしになるということだと
思い込んでいた少女の頃
立居振舞の美しい
発音の正確な
素敵な女の人と会いました
そのひとは私の背のびを見すかしたように
なにげない話に言いました

初々しさが大切なの
人に対しても世の中に対しても
人を人とも思わなくなったとき
堕落が始まるのね 堕ちてゆくのを
隠そうとしても 隠せなくなった人を何人も見ました

私はどきんとし
そして深く悟りました

大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
ぎこちない挨拶 醜く赤くなる
失語症 なめらかでないしぐさ
子どもの悪態にさえ傷ついてしまう
頼りない生牡蠣のような感受性
それらを鍛える必要は少しもなかったのだな
年老いても咲きたての薔薇 柔らかく
外にむかってひらかれるのこそ難しい
あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと……
わたくしもかつてのあの人と同じぐらいの年になりました
たちかえり
今もときどきその意味を
ひっそり汲むことがあるのです
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# by flatrip | 2011-04-19 00:28
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※写真はASKの隣町 美瑛。

先日、いつものようにコーチャンフォーという大型書店をふらふらしていると、ガルシア・マルケスやバルガス=リョサ、プイグなどラテンアメリカ文学の翻訳で有名な木村榮一氏のその名も『ラテンアメリカ文学十大小説』という読書案内がちくま新書から発行されているのを発見。すぐさま手にとり、店内にあるドトールに雲隠れ。ラテンアメリカ文学の成りたち、マジックリアリズムとよばれる所以、作家ひとりひとりの生い立ちやエピソードが丁寧に書かれていてうれしい。
 北海道とラテンアメリカの歴史は少し共通点がある。「歴史が無い」という点である。もともと先住民の暮らしがあり、そこに植民地化という空白期間が長く続いた。独立し、ようやく言語の花が咲き始めラテンアメリカ文学は生まれた。北海道は植民地化されたまま、時が止まっている。その根底にある神話や言葉に気づいた人が、少しずつ言葉を紡いでいる現状を思うと、これからもしかしたら生まれるのか。
 さて、そんなことをしている間にも地震速報は後を絶たない。非日常と日常が交錯している今だからこそ、ラテンアメリカ文学を読みたいと思う。
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# by flatrip | 2011-04-04 09:48